秋といえば、食欲とか読書とか、あと祭りとか。
 うちの地域の秋祭りは意外と賑やかなことで有名だったりする。
 そんなわけで。
「英輔ー、ここからじゃ全然お御輿見えないよー。もっと前行こうよ」
 まさしくこういった賑やかな雰囲気が好きな彼女は、俺の予想通り、祭りの日に遊びに来た。
「あんまり前行くと危ないぞ。もうすぐ担ぐだろうから大人しく待ってろ」
 ただでさえかなりの人ごみなのに、目を離すとすぐどこかに行ってしまいそうな彼女の服の袖を俺は掴んでいた。
「はーい。あ! 上がった上がった!!」
 歓声を上げる彼女。
 俺は特に祭り好きというわけでもないし、中学に上がってからは見物に来ることもなくなっていたこの秋祭りだが、彼女が春の遊園地のとき並みにはしゃいでいるのを見ると、若者の人口減少に悩みながらも盛大な祭りを催してくれているこの町に感謝したくなった。
 とかなんとかしみじみ思っていると
「英輔、そろそろお昼食べない? お腹減ってきちゃった」
 可憐は苦笑交じりにそう言ってきた。
「どこかに食べに行くか? それとも……」
「せっかくだから出店使おうよ! そのほうがなんかお祭りっぽいし!」
 とりあえず尋ねてはみたが彼女ならそう言うと思っていた。祭りの出店っていうとかなりぼったくりの店が多いが今日は覚悟して財布を膨らませてきたのでなんとかなるだろう。



 可憐は店を見定めるように神社の境内を一周した。
「食べたいのはあったか?」
 俺が尋ねると、彼女はとても真剣な顔をしながら
「うーんとね、りんご飴とね、綿菓子とね、たこせんとね……」
 と呪文のように唱え始めた。
「おいちょっと待て、それは全部おやつだろ。もっと飯らしいもん食えよ。りんご飴くらいならあとで買ってやるから」
「英輔も高志とおんなじようなこと言うなあ。いいじゃん、お祭りなんだからいつもとちょっと雰囲気変えてもさー」
 いやまあ確かにその気持ちは分からないでもないが……って俺あのお父さんと同じようなこと言ってるのか。なんだかなあ。
「でも本格的にお腹減ってきたからやっぱりたこ焼きでも買おうかな。英輔はどうする?」
 可憐が向こうに見えるジャンボたこ焼きの出店を指して尋ねてくる。
「うーん、俺はそこの焼きそばでいいや」
 なんていうかその、たこ焼きは嫌いではないのだが、俺にとっては1つ問題があるんだよな。



 というわけで、可憐が片手にたこ焼きを持って帰ってきた。
「座るとこなさそうだね」
 昼時なせいもあってか手近なベンチや石段は食べ物を持った人で埋まっている。
「仕方ないな。立ち食いでいいか?」
「私は別にいいよ。どうせたこ焼きだし」
 そう言って彼女は大きなたこ焼きが刺さったつまようじをつまんだ。
 俺もやきそばの入った白いトレーの蓋を開けようとすると、目の前にずいっと大きなたこ焼きが差し出された。顔を上げると、それを差し出していたのは勿論可憐で。
「1個あげる。はい、あーん」
 彼女は満面の笑みでそう言った。
「ぇ」
 俺は思わず辺りを見回す。人の往来は激しいが、激しいがゆえにいちいちこちらのことなど見てはいない……はずだ。
 あんまり彼女を待たせるのも気まずいので、俺は促されるままに口を開けた。
 俺の口内に運びこまれるジャンボたこ焼き。
 濃厚なソースの香りと、ほどよいかつおのそれとがあいまって、なかなかに食欲をそそられる。
 そそられる、のだが。
「!!」
 次の瞬間、俺は顔を歪めずにはいられなかった。
 たこ焼きに歯を立てた瞬間、口の中に広がったのはものすごい熱気。
 舌が耐え切れないと訴えている。
 思わずとも自然と涙が目に浮かんでくる。
「英輔?」
 彼女は即座に俺の異変に気が付いた。
(あっつーーーー!?)
 ……そう、俺は猫舌なんだ。
「あ! 英輔猫舌だっけ!? 出しちゃいなよ!」
 彼女もそのことに気付いたのか慌てたようにそう言うが、
(いや、彼女の前で一度口に入れたものを出すのはちょっと……)
 というなんとも小さな見栄がそれを拒ませた。
 が、たこ焼きがジャンボサイズなために早く飲み込もうにも飲み込めず、これ以上咀嚼するのも今の俺には無理だった。
(たこ焼きに殺されるーーー)
 俺が本気でそう思った瞬間。

「!!」

 かくん、と後頭部を押されて若干俯き加減にさせられたと思ったら、容赦なしに彼女の唇が俺のそれに衝突した。
(え、ちょ!?)
 何が起こっているのか把握できないでいると、確かな何かが口の中に入ってきた。
(え、これってもしかして)
 ……もしかしなくても、それは彼女の舌だった。
 彼女はより一層俺を引きつけるようにして、その舌で懸命にたこ焼きを回収していった。

 何秒間の戦いだったのか、俺は頭がぐるぐるしていて確かな感覚をもてなかった。
 こっちも相当顔が赤くなっていたはずだが、唇を離したときの彼女のほうも、相当困ったような赤い顔をしていて、なんだか申し訳ない気持ちになった。
 さらにその気持ちに追い討ちをかけたのは、つい先ほどまで絶えず動いていた人々の動きが、俺達の周りだけ固まったように止まってしまっていたことだ。
 ……傍からすれば『バカップルが人目も気にせずディープキス』にしか見えなかっただろう。
「か、かれん、場所、変えようか」
 俺は彼女の返事も聞かないうちに彼女の手を引っ張って早々に境内から抜け出した。



 結局、家の近くの小さな公園まで俺達は逃げてきた。
 ベンチに座って一息つく。
「……はあ」
 俺は思わず溜め息をついた。
「……もう、英輔ってば口に入れる前に言ってくれればよかったのにー」
 彼女は若干恨めしげにこちらを見てくる。
「あ、いや、悪かった。その……、ごめん」
 確かにその辺は俺の落ち度だ。
 なんというか、変な話だが、猫舌だからたこ焼きじゃなく焼きそばを買ったはずなのに、彼女にたこ焼きを差し出された瞬間は、自分が猫舌だってことをすっかり忘れてたんだよな。
「…………まあいいや。舌大丈夫? 火傷したんじゃない?」
 彼女は諦めたように、だがまだ若干不機嫌さが残る感じにそう訊いてきた。
「ん、ああ、ちょっとヒリヒリするけどこれくらい平気だ。可憐は大丈夫か?」
 俺が聞き返すと
「……舌より精神的ダメージのほうが大きいよ!」
 彼女はそう言ってつんとそっぽを向いてしまった。かなり機嫌を損ねてしまったようだ。
「だから悪かったって。ほんとごめんな、恥ずかしいっていうか……嫌な思いさせちまって」
 俺が誠心誠意そう言うと、彼女はばっとこっちを見て
「別にそんなことで怒ってるわけじゃないってば! き、キスぐらい人前でできるもん!」
 なぜかそんな反論をした。
「へ?」
 言われてみれば、まあ、彼女は所構わずキスしてくるところがあったような。三炎の前とか、駅のホームとか。
「私が怒ってるのは! ……その……」
 可憐は急に俯き加減になって、ぼそぼそと声まで小さくなってしまった。
「怒ってるのは?」
 聞こえなかったので俺が促すと、彼女は観念したように口をとがらせ気味にこう言った。
「普通ディープなキスは男の子からするもんなの!」
 ……。
 …………はあ、なるほど。
「……それは、その、悪かった」
 俺が若干気の抜けた声で謝ると
「ちょっと英輔!? ほんとに悪かったって思ってる!? これって結構重大な問題だと思うんだけどな!!」
 可憐はやけに尊大にそう言った。その様子がなんだか可笑しくて、俺はついつい笑ってしまった。
「なんで笑うのさー! ひっどーい! 英輔の焼きそばも食べちゃうんだからね!!」
「お前のたこ焼きも早く食べないと冷めて不味くなるぞ」
「もう冷めかかってるもん!」
「なら俺が食べちまうぞ」
「もう英輔が『たこ焼きに殺される』って顔しても助けてあげないんだから!!」
 ……やっぱそんな顔してたんだ、俺。
 まったく、俺ってやっぱ助けられてばっかだな、こいつに。
「……もしお前がそうなったら、今度は俺が助けてやるから」
 俺がそう言うと、彼女はぴたりと言葉を止めた。
「……ほんと? 絶対だよ?」
「ああ」
「どんなに人前でもだよ? 体育館の舞台の上とかでもだよ?」
「……体育館の舞台の上は嫌かな」
 すると、彼女は一呼吸置いて
「……じゃあ、今じゃ駄目?」
 なんて、訊いてきた。
 今はこの公園には俺達以外に誰もいない。
 ……否定する要素が見つからない。
「駄目じゃない、かな」
 俺は少し苦笑して、彼女と向き直った。

 俺に勇気をくれたたこ焼きに、今日だけは感謝しよう。


前のがあまりにもぬるいと思ったのでちょいと熱めのエピソードに。
ミッドナイトはカップリングが成立していない1の中盤からキスシーンが出てきたのでここぞというときのシーンにキスを使えずに苦戦した気がします。

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