拝啓
 魔王様、奥方様。
 人間界は寒空の広がる季節となりました。そちらではもう雪が降っている頃でしょうか。
 さて、今回文を認めましたのは他でもなくご子息、冬馬様のことで…………


 そこまで書きかけて、私はペンを置いた。
 白い便箋をじっと眺めて、それからそれを小さく折りたたむ。
(やはり駄目です。こんなことで魔王様に手紙を出すなんて、恥もいいところです。情けない……)
 そう思って傍らのゴミ箱に折りたたんだ便箋を捨てる。
 それから私は大きく溜め息をついた。
 12月。この季節は年の暮れということもあり、世間はどこかせわしなく、それでいて賑やかな雰囲気が漂っていた。
 それは学校でも同じことで、2学期末の試験を終えた学生達は、もうすぐ迎える冬休みに心を躍らせているようだった。
 私とてこの季節は嫌いではない。
 暑い夏より寒い冬のほうが好みなのだ。
 特に今年は、今までとは違う。
 それだけで、私は良かったのだが。
 ……どうやら人生というものは、そうそう素直にうまく回ってはくれないらしい。
(……あの女のせいです……)
 私は机に突っ伏した。



 そう、あれはつい5日ほど前のことだった。
 陽気な昼下がり、
「冬馬君はいるかしらー?」
 そんな、猫なで声の女生徒が教室に入ってきたのだ。
「……?」
 私は不審に思って冬馬様のほうを見た。
 すると彼は
「あ、草鹿院先輩」
 そう言って彼女に近づいていった。
(……草鹿院……)
 そう呼ばれた女生徒には、少しばかり見覚えがあった。
 確か、陸上部のマネージャーだったはずだ。
(……部活のことでしょうか)
 そう思いつつも視線をそちらに注いでいると、
「ねえ、あれ2年の草鹿院先輩だよね」
 と、いつもより小さな声で、傍らの高橋さんが言う。
「あー、あの噂の?」
 と野島さんも隠れるような小声で答える。
「……噂?」
 只ならぬ2人の様子に私は胸騒ぎを覚えていた。
「うん。ほら、草鹿院先輩、すごい綺麗でしょ? あの美貌で年下の男の子ばっか誘惑するって話!」
(……な)
「そうそう、しかもターゲットにした男子は物にするまでしつこく狙い続けるって。その人に彼女がいてもお構いなしで!」
(な!?)
 顔に出しているつもりはなかったのだが、やはり動揺が伝わってしまったらしい。
「だ、大丈夫だよ日出さん。上代君、日出さんにぞっこんだもんー」
「そうそう、今日だって部活の話だけかもしれないしー……」
 と2人は慰めてくれているようなのだが
「これ、私が作ったの。良かったら食べて、冬馬君」
 どこか癇に障る女の声が聞こえてきてしまった。
 彼女が手に持っているのは、どうやらお菓子らしい。
「え、あ、すみません……」
 半分押し付けられているようにも見えるが冬馬様は結局それを受け取ってしまったようだ。
 やはり私のことを気にしたのか、その瞬間、彼と目があった。
(……)
 私は反応に困って視線を逸らす。
 すると
「あら、あそこの彼女、もしかして噂の冬馬君の彼女かしら?」
 なんて、その女は図々しくも口に出した。
「え、あ……はい」
 はにかみを含んだような声で、彼はそう答えていた。
(…………)
 そこで素直に答えてくれるあたり、とても恥ずかしかったりするのだが、私はどこか嬉しくも思いつつただ聞こえていない振りをしていた。
 が
「ふーん、噂どおり、確かに美人だけど。……ふふ」
 と、何か意味ありげにその女は笑った。
 私は邪気を感じてその女のほうを見た。
 すると、しっかりと目線がぶつかった。
 彼女はどこか得意げに、笑みを浮かべながら、腕を組んだ。
「…………!!」
 途端、頭の中に電撃が走るようなショックを覚える。
 彼女は、私にはないものを、持っているようだった。
「ひ、日出さん……? どうしたの?」
 いつの間にか私はカタカタと震えていたらしい。
 只ならぬ空気を感じてか、高橋さんが心配そうに声をかけてきた。
「い、いえ……なにも……」
 私は必死に取り繕うとしたのだが
「じゃあ冬馬君、また放課後に会いましょ」
 あの女が去り際に、冬馬様に色目を使うようにウインクしたのが、とても気に入らなくて。
 バキ、と。
 持っていた木製の箸を、私は折ってしまっていた。



 その日の帰路
「あのさ、榊」
 冬馬様はどこかぎこちなく切り出してきた。
「はい、なんですか」
 私は無意識に、どこかとげとげしく返していた。
 すると
「今日の昼休みの、あれなんだけど……貰ったクッキー、部活の皆で分けて食べたからな」
 と、彼は言った。
「そう、ですか」
 私はただ、そう返事をしただけだったが、気を遣ってもらっているのだと思うと少し誇らしいと共に、申し訳なさも感じた。
「冬馬様、……その……貴方には私のことはあまり気にせず、色々な方と交流を持って見識を広めていただきたいとは思っているのですが……」
 私が堅苦しくそう言うと
「……ですが?」
 彼はどこか愉しそうにその先を促してくる。
 私は少し恨めしげに彼を見て
「……い、いえ、何でもありません」
 そう返すと、彼は少し残念そうに
「うん……」
 と呟いた。
 私は素直に言いたいことを言えば良かったのかと後悔するも、
(……あつかましい、ですよね)
 と、思い直して、ただ、歩いた。



 しかしその日以来、あの草鹿院という女はことあるごとにうちのクラスへやってきて、何かしら彼を呼ぶ。
 さらに放課後の部活を観察していても、やはり何かと冬馬様にべたべたと近づいている。
 私は図書館の窓からその様子を見てはただ、もやもやとしていた。
 このもやもやが『嫉妬』であることぐらい自分もわきまえている。
 しかしそんな感情を抱く自分がどこか情けなかった。

『上代君、日出さんにぞっこんだもんー』

 高橋さんの言った言葉を思い出す。
 確かに冬馬様は私にとても優しく接してくださる。
 最近は少し、私をからかうような素振りを見せるも、やはり優しい。
 だから、信じている。
 ゆえに、
 他の女性に『嫉妬』することは、許されないのではないかと、思うのだ。



 しかしそんな日が5日も続くと流石の私もそろそろ堪忍袋の緒が切れるというもので。
「……なあ、榊。最近ちょっと元気なさそうだけど、大丈夫か?」
 帰り道、冬馬様にそんなことを尋ねられてしまうほどだった。
「え、あ、はい、体調は万全ですが」
 彼の前では気丈に振舞っているつもりだったのだが。
「……そうか? 具合悪いんだったら今日は俺が夕食作ってやろうと思ってたんだけど」
「いえ、大丈夫です」
 またしても妙な気遣いをさせてしまったことに私は歯がゆさを隠せない。
 すると
「あらー? 冬馬君じゃない」
 後ろから、そんな女の声がした。
「あ……先輩」
 私も振り返ると、そこには件の草鹿院美琴がいた。
「あらあら、今日も彼女さんと一緒にお帰り? ラブラブすぎて妬けちゃうなー、私」
 とかなんとか、冬馬様に近づくこの女。
(というかどうして貴女が妬くのですか、日本語がおかしいですよ)
 私が心の中で悪態づいているのを嗤うように、その女はさらに冬馬様に接近して
「ねえ、冬馬君? 今からうちに来ない? お夕飯、ご馳走してあげるわよ?」
 なんて、言ってきた。
 流石に、これは、我慢なりません。
「あな」
「いや、先輩、俺これから彼女と一緒に夕食するんで」
 私が口を出す前に、冬馬様がはっきりとそう言った。
(…………)
 いつの間に彼はあんなにはっきりと他の誘いを断れるようになったのだろう、と私が感慨深く感じているのもつかの間。
「あら、そうなのー? ふぅん……」
 女は意地悪げにこちらを向いて
「もしかしてもうそんな関係? そのままお泊り?」
 と、言った。
 途端、頭に血が上る、というより顔が火照った。
「っそんなふしだらな関係ではありませんッ! この機会に言わせていただきますが! 貴女、一体何のつもりでと……上代君をたぶらかしているのですか!?」
 私がそうまくし立てると、相手は少し驚いたようだったが、次の瞬間にはにやりと嗤って
「たぶらかす、なんて人聞きが悪いわね。私は純粋に、冬馬君のことが好きなだけ」
 そう言った。
「ぇ」
 そんな声を漏らしたのは冬馬様だった。
 ちらりとそちらを窺うと、動揺が見て取れる。
(…………)
 私はどこか複雑な念を抱きつつ
「だったら回りくどいことはやめてさっさと言ってしまえばいいでしょう!! いい加減私の見える範囲でベタベタするのはやめてください、不愉快です!!」
 本音を言い切った。
 すると
「ふふふ、そんなだからまだお子様なのよ、貴女は。まあ、ソレじゃあね、男の子の1つも誘えないわねー」
 その女はまた、自信たっぷりに腕を組んだ。
(……っ!!)
 私は動けなくなった。
 1番気にしていることを、そこまで的確に言われると、ここまで頭が真っ白になるなんて、思ってもいなかった。

「冬馬君だってないよりある女性のほうがいいでしょ?」

 私は知らず、走り出していた。
「さ、榊っ!?」
 彼の制止も無視して、私は泣きながら、自宅マンションまで跳んでいた。



 家に帰って、私は泣きながら魔界へ文を認めようと筆を執った。
 が、何を言いたいのか自分でもよく分からず、今のようにただ机に突っ伏している。

 ああ、そうだ。
 結局、どうしてこんなに泣いてしまったのかというと。
 あの女に体格の点で負けていることを私は認めていて。
 その点を悔しく思っている自分がとても情けないのだ。
 だから、『あの女のせい』というのはただの口実。
 結局、自分に自信が持てていないのだ。

(…………これでは、『彼女』失格ですね……)
 私がそう、自嘲していると
 ピンポーン。
 呼び鈴が鳴った。
 どうしようかと迷っていたら
 ピンポーン。ピンポーン。
 何度も鳴り続ける。
 私は仕方なく、鏡で自分の顔を確認してから、ドアを開けた。

 するとやはり、冬馬様で。
「さ、榊、その……大丈夫……じゃないと思うけど、大丈夫か?」
 そんなことを訊いてきた。
 ではどう答えろと言うのだろう。
「……その、すみませんでした」
 私はただ、謝っていた。
「私が不甲斐無いばかりに、あんな女に言い負けてしまいました。……私はもう駄目です」
 いつもなら言わない弱音すら、私は吐いている。
「な……榊らしくないぞ。榊は草鹿院先輩より、その……ずっと魅力的だと思う……けど、な」
 彼は優しいから、そんなことを言ってくれる。
 しかし。
「……しかし……」
「しかし?」
 私は顔を真っ赤にして、ただ尋ねる。

「……と、冬馬様も、胸囲のある女性のほうが、ない女性より、良いのではないでしょうか……?」

 少しばかりの沈黙が痛い。
 ……ああ、こんなはしたないことをどうして私は尋ねてしまったのだろう。
 もう駄目です。駄目駄目です。
 いっそこのまま部屋に閉じこもりた……

 ぷっ
 すると、冬馬様は笑った。
 笑いを押し殺すように
「さ、榊……、かわいい、な」
 そう言われて、私はどこか恥辱を感じる。
「な!? か、かわいいとはどういう意味ですか冬馬様!?」
 私が掴みかかると
「あ、いや、だから! そんなこと気にしてるなんてって……」
 彼は笑って、そのまま私を抱きしめた。
「!」
 鼓動が高鳴る。
「俺、ちゃんとさっき、草鹿院先輩に断り入れといたから、もう大丈夫だ」
「ほ、本当、ですか?」
 駄目だ。収まらない。
 こんな薄っぺらな胸では、このはしたないほどに乱れた鼓動が彼に伝わってしまう、のに。
「ああ。俺の『彼女』は、榊だけだからな」
 それを聞いて、不覚にも、また涙がこぼれてくる。
 最初から、信じていたはずなのに。
「…………っ、すみません、でした……」
「何が?」
「私はもっと、堂々とすべきでした……! 貴方に失礼だったと、思います……」
 私がそう言うと、彼は
「いや、いいんだ。榊、妬いてくれてたんだよな? それがちょっと嬉しかったから、……いいんだ」
 そんなことを言ってくれた。



 結局丸く収まったこの1件の後の夕食の後。
 気分が少し楽になった私は、少し意地悪かとも思ったが、こんなことを尋ねていた。
「……その、冬馬様?」
「なんだ?」
「結局、どうなんですか?」
「何が?」
「いえ、ですから。あるのとないのではどちらが良いのですか、冬馬様は」
 私がそう尋ねると
「え!? あ、いや、だから! お、俺は榊が榊なら榊でいいんだ!!」
 彼は顔を赤くしつつ、そんなことを言った。
 私はそんな彼の慌てように、思わず笑みをこぼす。
「そうですか」
 すると、冬馬様はしばし真剣に何やら考えている様子を見せて。
「……別に、ないっていうほどなくはないと思うけどな」
 と、彼はぼそりと呟いた。
「っ!」
 顔に火が走る。
 思わず手に赤誓鎌が出てきそうなほどに。
「冬馬、様? 先ほどの発言は教育係を兼ねている私としては少し聞き流せません……」
「え!? あ、いや! 別にそんなやらしい目で見てたわけじゃないぞッ!!」
「いいえ!! どんな目であれ見る点をそもそも間違えています!! いいですか、人を見るときは心を見るのです!! 外見に騙されてはいけません!! 特に女の色香に惑わされるなど言語道断!! 貴方にはこれからみっちりとそのあたりを学んでいただきます!!」
「えぇーーーー!?」

 そして夜は更けるのでした。


 前略
 魔王様、奥方様。
 榊は今、幸せです。
 ――草々


あとがき
ただの、のろけ話です。
ほんとはクリスマスネタだったんですが時期を逃したのでこんな感じに。
榊さんのこの類のコンプレックスはものっすごいんですってことを強調した話になってしまいました。
まあ、幸せになってね。2009年1月7日

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