その夜、俺はいつものように風呂から上がって、お袋と冷たい麦茶を飲みつつテレビをしばらく眺めてから、2階の自室へと上がった。
(今日は特段することもないし、さっさと寝るかな)
 そんなことを考えながらドアを開けると。
(――な、に!?)
 明らかに異質なものが部屋にいた。
 正確にはベッドに寝転がっていた。

 そいつはすやすやと、それはもう気持ち良さそうに、当たり前のように俺のベッドを占領して眠りこけていた。
 ――可憐だ。

「ちょっとー?」
 思わず小声でそう問いかけた。
 全く、来るなら来ると前もって言ってほしい。
 というよりベランダから俺の部屋に侵入する癖を直してくれないだろうか。ご近所さんに見つかったら警察呼ばれるぞ。それ以前にお袋に見つかったらどうするんだ。こんなに無防備に居眠ったりして……。
「…………」
 ケモノなんてものを相手にしているせいか周りの変化に敏感なはずの彼女だが、今日はなかなか目を開けない。
 最近のメールによるとここ1週間夏休み中にも関わらず学校の補講か何かがあるらしく忙しかったのだとか。
 大方補講が全部終わって解放感に満ち溢れたまま俺のところまでやってきたはいいが疲れて眠ってしまったのだろう。

「……まったく」
 もう少し気を遣ってほしいところだ。
 そりゃあ確かに俺は奥手の部類に入るだろうが、好きな子がこんな風に目の前にいたらちょっとぐらいはちょっかいをかけたくなるというものだ。
「…………」
 俺がそっと、彼女の柔らかそうな髪に触れようとしたその瞬間。
「!」
 突然彼女の目が開いて、俺は思わず後ずさった。
「あ、英輔だー。久しぶりー」
 彼女は寝ぼけた風もなく爽やかに身体を起こした。
「ひ、久しぶり……じゃない! うちに来るなら玄関から入れ! そして勝手に寝るな! 頼むから!」
 俺は声を押し殺してそう言った。
「え? あ、私寝ちゃってたんだ? 英輔が上がってくるまで待ってるつもりだったんだけど、あはは」
 そんな彼女の緊張感のない笑顔を見ていると、こちらの事情で咎めるのも悪い気がしたので俺はこれ以上言うのをやめた。
「で? 今日は何しに来たんだ?」
 彼女が直接押しかけてくるときは何か直接伝えたいことがあるときや見せたいものがあるときなのだ。
「えっとね、今日やっと補講が終わってね、帰ってからネットサーフィンしてたんだけど」
 そう言いながら彼女は鞄から数枚のコピー用紙を取り出した。
「なんだそれ?」
「なんかぴったりの夢小説があったから英輔の名前とか私の名前とか色々入れて印刷してみたの。英輔、これ読んで」
 彼女は俺にその数枚の紙を手渡した後、またしてもベッドに横になった。今度は上布団まで被って、完全に寝るつもりらしい。
(……俺は床で寝るのか。まあ夏だから別にいいけどな)
「っていうか俺が読むのか? 読み聞かせるのか?」
「うん。なんかこういうの久しぶりだなー。英輔、早く読んでよ」
 彼女は妙に楽しそうに俺が読み始めるのを待っている。ほんと、子供みたいだ。
「はいはい。……ってなんだこれ、始まりからして変な予感……」
「つべこべ言わずに早く読む! 寝ちゃうじゃん!」
(おとぎ話ってのは眠れない子供に読み聞かせるもんだよなあ?)
 俺は苦笑しつつ、そのへんてこな話を読み始めた。


* * *
 昔むかしと言ってもそう遠くない昔、ごく平凡な家庭に生まれた少年がいました。
 彼の名は英輔。毎日せっせと家の手伝いをする地味でまめな男の子でした。
 そんなある日のことです。
「お母さん、英輔、どう? このドレス」
 英輔のお姉さんである香奈枝が嬉しそうにシルクの上質そうなドレスを纏って狭い家の中をくるくる回っています。
「あら素敵なドレスね、どこのお店で仕立ててもらったの?」
 お母さんは微笑を浮かべながら尋ねます。
「友達の友達の家が仕立て屋さんで特別に作ってもらったのよ。これでパーティー会場の殿方は皆私の虜よ」
 どこまで本気なのか分かりませんが香奈枝はとてもご機嫌にそう言います。英輔はそんなお姉さんを半ば羨ましげに見ていました。

 ちなみに、パーティーというのは今夜開かれるお城での舞踏会のことです。
 ひと月ほど前、この国の王様である高志王が突然国を挙げての舞踏会を開くと言い出したのがことの発端です。
 国を挙げての催し物なので参加資格に制限はなく、各家庭に招待状が届いていました。
 が。

「英輔は本当に行かなくていいの?」
 お母さんがそんな英輔に気付いて声をかけました。
「いい」
 英輔はそっけなくそう答えて自室にさがりました。

 英輔は自室のベッドに転がり込んで溜め息をつきます。
(はぁ。なんでよりにもよって舞踏会? 俺踊れないっての)
 彼が参加を拒んだ理由はそれでした。
(女の子ならちょっとくらいトチっても許される気がするけど男が全然踊れなかったら格好悪いからな……)
 彼は若干見栄っ張りでした。
 けれど本当は英輔も舞踏会には行きたいのです。
 彼には会いたい人がいました。
(……けど、やっぱ行けないや……)
 そう諦めて目を閉じたそのときです。

『行きたいなら行っちゃえば〜〜?』

 そんな声がどこからともなく聞こえてきました。
「!?」
 英輔は慌てて起き上がります。
 すると目の前に、真っ赤なポンチョを羽織った金の長い髪の男が立っていました。
「踊れないなら壁の花になるとかあるじゃなーい?」
 妙にふわふわした口調のその男は英輔にずいっと迫ります。
「い、いや、だって招待状に『必ず1曲は踊りましょう』って書いてあったし……! ていうかあんた誰!?」
英輔は怯えながら後ずさります。
「ワタシ? ワタシは魔法使いよーん。健気でかわゆい(ワタシ好みの)男の子の力になるためにホグ○ーツから派遣されたのよ〜ん」
 いかにも胡散臭い魔法使いです。
「べ、別に力にならなくていいから! つーかホグ○ーツってそんな組織じゃないだろ! あれ学校だし!!」
「あらら、そんな細かいこと気にしてちゃ駄目よん。英輔クン、ほんとは舞踏会に行きたいんでしょ?」
 魔法使いはさらに迫ります。
「べ、別に行きたくないし、あんな派手なとこ! 俺は『地味な主人公』ラベル貼られてるんだからな!」
「あらぁ? じゃあ今夜はワタシと一緒にあつーい夜を過ごしたい? サービスするわよん」
「舞踏会行きたいです。行かせて下さい」
 身の危険を感じた英輔はそう願い出ました。
「あら残念。それじゃあまあ身支度をしましょうか。流石にTシャツじゃあ中に入れてもらえないもんねえ」
 魔法使いはぱっと離れてどこからともなく杖を取り出しました。
「テクマクマヤ子、シャクユミ子〜、ぷりずむぱわーでめいくあっぷっぷ〜〜〜」
 へんてこな呪文を魔法使いが唱えると……
「……?」
 あら不思議! 英輔の衣装が超ゴージャスなフリフリの白いドレスに変わりました。ディ○ニーのお姫様顔負けの衣装です。
「……ってぇーー!!? なんでドレスなんだよ!! 普通タキシードだろ!?」
 英輔が叫ぶと
「あら? だって『男だと踊れないのが恥ずかしい』から行けなかったんでしょう? だったら女の子になっちゃえばいいのよ。あ、髪とお化粧もすぐなんとかするわね。ぴーりかぴりららー(以下略・っていうか紫の子の呪文だけ忘れちゃったのよね〜。ワタシも歳かしら〜)」
 魔法使いは間髪いれずどこかのアニメの呪文を唱え、英輔を完璧に女の子にしてしまいました。

「うっわー……」
 英輔は鏡で自分の姿を見て呆然とします。
「可愛いじゃなーい。どこぞの白鼠よかずーーっと可愛いわよ英輔クン。これなら会場の殿方をみーんな虜に出来そうだわ」
 魔法使いはそう言います。
(男が男を虜にしてどうする)
 そうはいっても確かに鏡に映った英輔(女)は相当可愛らしい少女でした。
 普通に学校に通っていればクラス1のかわいこちゃん(死語?)になれそうです。
 ですが本人にとっては若干複雑です。
(……俺って女に生まれてきたほうがよかったのか……?)
 だって英輔はモテた試しがないんですもの。
(ナレーションうるさいなあ!!)



 そんなこんなで英輔は魔法使いに連れられてお城までやって来てしまいました。
 お城の前は受付を待つ人でいっぱいです。
「この舞踏会は王子様の結婚相手を探すイベントでもあるんでしょう? 皆張り切ってるわけよねえ〜。ワタシもいい男探さなくっちゃ」
 魔法使いはしげしげと人ごみを眺めます。
「……なんで王子様の結婚相手を庶民から探すんだろう」
 英輔は前から不思議に思っていました。
「さあ? でも王子様自身の要望だって噂で聞いたわよ」
「ふーん?」
 英輔はますます首を傾げました。


 会場は煌びやかで、まるで別世界のようでした。その場にいる人々も皆出来うる限り着飾って、楽しそうに会話しています。ですが英輔は普段と違う格好なので知り合いを見かけても声をかけることが出来ません。というよりもむしろ知らない男達に声をかけられ続けて困っていました。少し立ち止まっただけで周りにちょっとした人だかりが出来てしまうほどです。
「へいそこの彼女ー、超かわゆいねー。俺と一緒に踊らない?」
「こんな奴より俺のが踊るの上手いって。俺と踊ろうぜ? それとも舞踏会なんて堅苦しいのはやめて外に遊びに行く?」
 流石に声までは女声に変えてもらっていないので英輔は言葉を発することが出来ません。
 頼みの綱である例の魔法使いは会場に入った途端ふらーっとどこかへ消えてしまったのです。
(あのへんてこ魔法使い〜〜! 責任取れ! 責任!)
 仕方がないので無視して振り切ろうとしたのですが
「おいおいシカト? そりゃあないぜー」
 英輔を囲んでいた男の中で最もしつこそうな男が英輔の腕を掴んで引き止めます。
「や、」
 めろよ鬱陶しい、と思わず声をあげそうになった英輔ですが、
「騒がしいな。女を引っ掛けるために来たんならとっとと失せろ」
 そんな声に掻き消されていました。
(――え?)
 その声の主は1人の少年でした。先ほどの乱暴な台詞を彼が言ったのかと、にわかには信じられないほどに美しい少年でした。
「誰だよてめえ」
 しつこい男はまだつっかかります。が、傍にいた彼の連れらしい青年が
「お、王子!? 憐王子だよ!! 兄貴、まずいって!」
 顔を青くしてそう叫びました。あまりに大きな声で叫んだので、周りにいた他の国民も皆こちらに注目します。
 ざわめきが起こりました。英輔はパニックです。
(なんでよりにもよって王子様が目の前にいるんだーー!! ……でも待てよ、こいつの顔……)
 英輔が半ば混乱しつつも憐王子と呼ばれた少年の顔をしげしげと眺めていると、向こうもなんだか妙に神妙な顔をして
「…………お前、名前は?」
 そう尋ねてきたのです。
(え、えー!?)
 なんと答えればよいのでしょう。流石に女の子で「英輔」なんて名前はないでしょう。嘘をつくにしてもすぐには思いつきません。というより声も問題です。
 英輔が困り果てて目を逸らしたそのときです。
「……英輔?」
 なぜか、彼の名前を憐王子が口にしたのです。
「え」
 思わず英輔は声を漏らしてしまいました。
「な、なんで俺の名前……」
 英輔が戸惑っていると王子はにっこり笑いました。
 その笑顔を見て英輔も思い出します。
「ま、まさか可憐か!?」
「やっぱり英輔だ! いやでも驚いたなー、英輔って女の子だったんだ? まあこの際どっちでもいいけど」
「いやよくないだろ、さりげに大胆な発言すんな。ていうかお前こそ男だったのかよ!?」

 はい、話について行けない君に簡単に説明します。
 まだ英輔が幼い頃、街の外れまで遊びに行ってしまった彼はそこで1人の女の子と出逢いました。その子の名前は可憐といって、名前の通りとても可憐な女の子でした。2人はすぐに仲良くなって、次の日も、その次の日も同じ場所で待ち合わせをして遊んでいました。
 そうこうしているうちに2人はこっそり結婚の約束までしていたのです。
 が、ある日を境に可憐は待ち合わせ場所に現れなくなってしまったのです。それでも彼女を待ち続けた英輔は、ある日待ち合わせ場所のレンガの壁に白いチョークで書かれた文字を発見しました。
『ごめんえいすけ、もうここにこれなくなっちゃった。いつかぜったいおしろでおおきなイベントがあるからそのときはぜったいきてね。わたしはそこにいるよ』
 そう書かれてあったのです。

 お城で開かれる大きなイベント、それが今回の舞踏会だったというわけです。
「ちがうよー、私女だってば。今は魔法使いの力を借りて男の子の姿にしてもらってるの」
「……なんで?」
 そんな英輔の素朴な疑問に答えるように、第3の声が降ってきました。
「それは! 可愛い憐ちゃんに悪い虫がつかないようにと王様から頼まれているからよ!!」
 颯爽とどこからか降ってきたのは白い毛皮のコートを着た銀の髪の女の人でした。鼠耳です。なんだかあのへんてこ魔法使いと真逆な感じの色です。
「駄目よ憐ちゃん、自分から女の子だって名乗るなんて!」
 白い鼠女は英輔から可憐を引き離します。
「むー! このパーティーだって英輔と会うために開いたんだもん! もう魔法解いたっていいじゃん!」
 可憐は子供のようにふくれっ面をかまします。
((む、可愛い))
 なんて同じ思考を英輔と鼠女が共有したことはここだけの秘密です。
「じゃなくって! そんなことばれたら王様がお怒りに!」
 そうこうしていると
「もーう、こんなに派手な騒ぎになってるんだからいいんじゃないのー?」
 どこからともなく英輔の前にあの金髪の魔法使いが現れました。
「お、お前どこ行ってたんだよ!」
「お化粧直しにお手洗いへ。そんな野暮なこと聞かないでよ英輔クンったら」
 そんな金髪の魔法使いを見て、鼠女は叫びます。
「な! なんでアンタがここにいんのよ!?」
「あらー? 誰かと思えば緋衣じゃなーい。相変わらず若いカッコしてるわねえ。今年でいくつだったかしら?」
「余計なお世話よ! そっちの男からいけ好かない魔法の臭いがしてると思ったらアンタの仕業だったのね!」
 どうやら2人は知り合いのようです。魔法学校では犬猿の仲で有名だったそうです。
「そうよーん。ワタシは健気でかわゆい男の子の力になるために天からやって来た愛の天使だもの。ちょいちょいっとそこの2人のシンデレラストーリー、さっさとハッピーエンドにさせないと文章が長くなりすぎてそろそろ読者の皆も飽きてきた頃合じゃないかしら〜〜ってなわけではい、魔法を解くわよ〜〜」
「ちょ、私の出番ここだけなのに勝手にはしょんないでよ! せっかくの魔法使い設定なんだからちょっとぐらい魔法で戦いなさいよ!」
 そんな鼠女を無視して金髪の魔法使いが杖を振ると、英輔はもちろん、ついでに可憐にかかっていた変身の魔法も解けました。
「わーい、ありがとう」
「はあ、やっと戻ったか」
 そうしてほっとしたのもつかの間、
「れーーーーんーーーー! 私はゆるさんぞおおおお! 交際など絶対にゆるさああああん!!!」
 会場内に設置されていたスピーカーから超大音量でそんな男の人の声が聞こえてきました。
「ぅわ! 高志が怒ってる!」
「た、高志って王様のことか!?」
「ひいい! 王様が憐ちゃんのことで怒ったら誰も止められないのよ! 私もう専属魔法使いクビ決定だわ! アンタのせいよ馬鹿火砕!!」
「アナタがクビになろうがならまいがワタシの知ったこっちゃないわよーん。アナタも意地張ってないで公務魔法使いになったら? 懲戒くらわない限り職は安定してるわよ?」
「公務と私用じゃ給料が全然違うのよ!! 今更公務になんてなれないわよッ!」
 とかなんとか喚く鼠女でした。魔法使いも生きていくためには大変なようです。
 そうこうしていると周りがやけにあわただしくざわつきだしました。王様が放った兵士がこちらに駆けてきます。
「逃げなきゃ! 捕まったら英輔タダじゃすまないよ! 一生ボロ雑巾のように働かされるよ!」
 可憐はそう言って英輔の手を取って走り出します。
「どんだけーーー!?」
 英輔はそう叫びつつも手を引かれて走ります。
 2人が廊下に出てもスピーカーからの王様の声は聞こえてきます。
「ゆるさーん! 交際は認めん! 憐は嫁にはやらーーーーん!!!」
(……そうなるとこの国、つぶれませんか王様)
 今更ながらに自らが住んでいた国の王様の親馬鹿ぶりを知って戸惑う英輔でした。会場にいた国民も同じです。
「あ!」
 突然可憐が声を上げます。前方に見えていた唯一の外への扉が緊急事態用のシャッターで閉ざされようとしているのです。
(間に合わない……!)
 英輔があきらめかけたその時です。
「英輔、あきらめちゃやだよ」
 より一層英輔の手を握った可憐が寂しげにそう言いました。
(……あ)

 英輔はようやく思い出しました。
 幼い頃、よく手を繋いで駆け回ったことを。
 この手をずっと繋いでいたいと願った気持ちを。

「ああ、あきらめない」
 英輔はそう言うと、今度は彼が彼女を勇気付けるように力強く駆け出します。
(間に合え!!)
 祈るような気持ちで、閉じそうなシャッターを前に英輔は可憐を抱えてスライディングしました。
 本当に、本当にギリギリでしたが、2人はなんとかお城の外に出ることが出来たのです。
「「やった!!」」
 2人は歓喜の声を上げます。
 シャッターが閉じる瞬間、少しだけシャッターの動きを止めてくれた精霊がいることに2人は気付いていないようでしたが、その精霊はただ微笑みを湛えて喜び合う2人を見守っていました。

 めでたし、めでたし……と締めたいところですがちょっと物足りないと感じているそこのあなたのために、もう少しだけお話を続けましょう。
 さて、その後2人はどうなったのでしょうか。
「身分違いの恋、そして駆け落ち。健気な少年の夢を叶える仕事、万事うまくいったわね。さすがワタシ」
「勝手に自画自賛してんじゃないわよ! どうぜアンタだって成績不振で『大恋愛を成就させてこい、さもなくば窓際族にしてくれる』とかなんとか上司に脅されたんでしょ!?」
「う、うるさいわね! アナタだって結局逃げてきてるじゃないのよ!」
 と、なにやら2人の魔法使いが騒いでいますが。
「英輔ー、そろそろ宿に入らないと日が暮れちゃうよー」
「そうだな。っていってもこの辺ちゃんとした宿なんてあるのか?」
 2人は絶賛駆け落ち中です。魔法使いがおまけについてきているので変装には困りません。お城からの追っ手もうまくまくことが出来ました。
「えーと、あれ宿じゃない?」
 英輔が可憐の指差したほうを見ると、そこにはピンクのネオンが眩しいホテルが建っていました。
「!!」
 間違いなくあれはラブホテルです。雰囲気からしてそうです。そうに違いありません。
「れれれ憐ちゃん! あれは宿じゃないわよ!」
 慌てて鼠女がそう言いますが
「えー? だって『ホテル』って書いてあるよ?」
 世間知らずのお姫様はよく分かっていないようです。
「ホテルはホテルでも違う趣旨のホテルだ! 別の宿を探そう、な?」
 英輔も慌ててそう言いますが
「でももうほんとに日が暮れかけてるし、いっそいいんじゃなーい? あそこで。料金も普通のホテルより安いと思うわよん?」
 金髪の魔法使いがそんなことを言いました。
「ちょ」
「さんせーいさんせーい、もう歩き疲れちゃったしー。いこいこー」
 可憐は意気揚々と英輔を引っ張ってホテルへ向かいます。
「ええええ!?」
「英輔クンたらほんとに奥手ねえ。駆け落ちまでしてるんだからもういいんじゃないかしら? 色々」
「何が色々よ火砕貴様ァ! この作品がこの後R15になったらどうしてくれんのよッ!!」
「そのときはそのときよー。ねえ?」
「ねえ? ってカメラ目線で喋るな!!」

 さてさて、その夜は何か起こったのでしょうか。
 それは皆さんの想像にお任せしましょう。

 ――めでたし、めでたし。

* * *
 読み終えて、こういった話を音読するのは妙に疲れるんだなと実感した。
「ね? なんかぴったりのお話だったでしょ?」
 すぐに眠りこけそうだった可憐は意外にもまだ起きていた。
「ああ。なんつーか、登場人物がな」
「でしょ?」
「しかしだな、最後の会話は必要だったのか?」
 実直な感想を俺が述べると
「えー? あれがあるから『あべかわきなこ風』になるんだよ」
 可憐はそう言った。この夢小説とやらの作者はあべかわきなこと言うらしい。
「はいはい、話も読んだし、良い子は寝る時間だぞ」
 俺がそう言うと可憐は何かを期待するように、じっと俺の顔を見つめてきた。
「な、なんだ?」
「何もなし?」
「何もって何だよ」
「おやすみのチューとか」
 こんな時間に押しかけてそんな注文しないでほしい。
 一歩間違うと危険だぞ、危険。
「……お前はほんとに日本人か?」
「日本人でもする人はするよー! 英輔、それ固定観念ー」
 可憐が少しばかり声をはり上げたので俺は慌ててその口を軽く手で塞いだ。
「しーっ! まだお袋起きてるかもしれないんだから大きな声出すな! ほら、電気消すからさっさと寝ろ。朝一でちゃんと帰るんだぞ」
 若干不満そうな顔をしつつも彼女は2度ほど頷いた。

 紐を使って電気を消す。
 それだけで、部屋に静寂が訪れた気がした。
 どこか穏やかな空気の中、俺は彼女の口の上に置いたままだった手を上に滑らせて、そっとその前髪をかき上げた。
「?」
 彼女がどことなくそんな疑問符を浮かべたように感じたその瞬間に、俺はその額に軽く口付けた。
「……お、おやすみ」
 俺がそう言って、逃げるように毛布にくるまって床に転がると、彼女は微かにくすりと笑った。
「……おやすみ、英輔。お話、読んでくれてありがとう」


・・・テンション高いのか低いのかよく分からない話ですみません。
ていうか? 火砕のセリフは私の心境でもありますね(←)。

このお話は全て可憐の最後のセリフに尽きます。
読んでくださってありがとうございました!

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