このエピソードはtrueエンド後のアフターショートエピソードです。
日もしっかり落ちて、月の光が窓から微かにこぼれ落ちる頃。
私は頭を抱えて、机の上の一冊の冊子と向かい合っていた。
――その冊子はまさしく、『家計簿』だ。
……家計が、苦しい。
正直このままだと一生貯蓄が出来ない。
これでは人生計画も何もあったものじゃない。
「はあ……」
思わず大きな大きな溜め息を吐いた。
すると。
「アシュアー、何やってんの?」
能天気な声と共に、後ろから首に回されるたくましい腕。
最初こそこの無駄にくっつきたがる奴の行動に照れたり慌てたりしたが最近はこの程度じゃ身じろぎすることもなくなった。
……我ながら慣れとは怖いものだ。
「見て分かるだろ。家計簿だ」
「……やっぱり赤字?」
クオがそのままの状態で首を伸ばして帳簿を覗き込む。その重みで少々伸びてきた髪が前に降りてきたので払おうとしたのだが、この状態だとそれが叶わない。
「いい加減離れろ。重い」
「やだ」
わざと手を出さずに言葉だけで抗議してやったのに『やだ』の2文字で反抗するとは生意気な。
「大体家計が赤字なのはお前のせいなんだぞ!? 食費は馬鹿になってないし無駄遣いするしこの間なんて変な奴に騙されかかってただろ!」
ここぞとばかりに『ぶん』と両腕を振り上げて、怒りを表現してみる。
その際ぱっと絡んでいた奴の腕が解けたのだが
「食費と無駄遣いは謝るけどアシュアの商売手法にもちょっと難があるんじゃないかってこの前キルトのじいちゃんが言ってたよっと」
そう言いながら奴の手がくすぐるような動きで私の脇腹を襲う。
「ふぎゃあ!?」
思わず奇声を上げて机に突っ伏した。身体に力が入らなくなる。
「やっぱり脇腹弱いなあ〜〜」
からかうように――いや純粋に面白がっているのだろう――クオの手はまだ私の脇腹をくすぐり続ける。
「ひっ、ばか! やめ、やめいッ!」
立とうとしても足が震えるので必死に奴の手を掴んで止めようとするのだが、なぜかその既の所でうまくかわされてしまって一向に掴めない。
「最近後ろからぎゅってしても無反応だからちょっと過激なことがしたくなるっていうか?」
言い訳なのか恨み言なのかよく分からないことをほざくクオ。
「だ、だからってこれは主人に対する反ぎゃく……ッ!?」
語尾が妙に上がったのは、さっきまでとは違う刺激が別の場所に加わったから。
右の耳朶が、軽く硬い歯で挟まれた。
かと思えば、柔らかい唇で食まれる。
「んっ、ちょ……ぃ」
思わず声がか細くなる。それに付け込むように、クオは耳元で囁いた。
「耳も弱いんだ?」
「ち、ちがっ」
今度こそ一発お見舞いしてやろうと拳を握ろうとしたら、ふわりと身体が宙に浮いた。
抱えられてしまったのだ。
「ああもう今度は何なんだよ!! 降ろせ馬鹿クオッ!!」
ばたばたと手足で暴れて抵抗するも、ここ最近特に青年らしくがっしりとした体躯に成長してきたこいつに叶うはずもなかった。が
「もう夜も遅いし、早く寝たほうがいいって。赤字の件はまた明日、な?」
クオの口から出たのは、そんな気遣いの一言で。
「…………う、ん」
それが予想外だった私の喉は、どこか抜けた返事しか発せなかった。
するとそれがまずかったのか、クオがにやりと微笑む。
「まだ寝たくないとか?」
「!?」
「だって物足りなさげだったから」
「ななな誰がそんなこと、この変態剣士っ!!」
「じゃあ一緒に寝ようか」
「聞けこのアホ!! このどアホーーーー!!!!」
家計は苦しいし貯蓄はないし将来の生活も見通せないような状況だが。
こんな風に毎日過ぎていってくれれば、案外生きていけるかもしれない。
ノリで書いた短編でした。
ウインドウを閉じてお戻りください。